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その手でいいんだよ

浄土真宗・平安寺・後藤泰裕


 自動車やバイクで有名なメーカーのホンダ。

 創業者で既にお亡くなりになられております本田宗一郎氏に関するエピソードにこのようなものがあります。

 66歳で引退をされた宗一郎氏は、本田技研のすべてのサービス向上や販売点を回って従業員にお礼を言うと言い出したのです。

 全国に数千はある工場や販売店をすべて回るというのです。

 一年半にも及ぶこのたびはたいへんハードなものでした。

 一日に400キロも車で走ることもありました。

 それでも宗一郎は従業員が2,3名しかいない小さな販売店にもまわりました。

 ある販売店の工場の従業員と握手していたときのことです。

 ある若者が宗一郎に握手してもらおうと手を差し出しました。

 ところが、自分の手が油まみれになっていることに気がつき、その手をあわててひっこめてしまいました。

 この若者は自動車の整備をしていたのですが、宗一郎を見て感激し、自分の手が油で汚れていることに気づかなかったのです。

 そんな若者に対して宗一郎氏は、「いやいいんだよ。その油まみれの手がいいんだ。 俺は油のにおいが大好きなんだ」といって、しっかりとその手を両手で握られたそうです。

 宗一郎氏のこうした行動は従業員たちに深い感動を与えました。

 ちなみに、宗一郎は社長を退任したあとも、「ミスターホンダ」として大活躍しました。

 そして1991年、85歳で息を引き取られました。

 思えばこの私も煩悩という油にまみれ、その油は洗っても洗っても内側から染み出てきて、落とし切れるものではございません。

 そんなどうしようもない私のために、阿弥陀様がいらっしゃって、その手を差し伸べてくださるのです。

 私が油まみれの手を引っ込めても、阿弥陀様は私の手をしっかりと握ってくれます。

 宗一郎氏は油まみれの手をした従業員に対して「その手がいいんだよ」と。

 阿弥陀様は煩悩まみれの私に対して「その手でいいんだよ、私が救うから」と常に言われております。

 宗一郎氏の生涯より、阿弥陀様のお働きをあらためて味わわせて頂いたことでありました。